2008・09
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2008/09/21 (Sun) 訂正
エアショウはもう終わっていたらしいです。残念!

学校が始まって初めて「普通」の週末を迎えました。
6・7日は朝から晩まで翻訳者向けPC講座(必須)で丸ごとつぶれ、
13・14日は遊びに来てくれた母と週末ずっとモントレー観光+合間に勉強と宿題。
今週末は初めて特定の予定を入れていない週末です。

昨日(金曜)は同じ学校の女の子達ばかり5人で家飲みし、学校のことからカルチャーギャップ(私含めアメリカ外出身は三人)、のことまでとめどなく話しまくり。午後10時頃お開きになったんですが、すぐに眠れるわけもなく…酔い醒ましにお茶飲みながら雑誌を読み、ネットでニュースを読みあさりました。

どの授業でも言われるのは、とにかく情報収集をしまくれということ。特に通訳としてはニュースの内容を両言語で把握しておかねばならないので、同じニュースを英語・日本語で読む必要があるとのこと。ちょっと始めてみたんですが、これがもうなんだかまどろっこしい!慣れるまで頑張ります。

今は午後2時20分。
部屋を軽く掃除して家(の共用エリア)を片付けて、山盛りになっている宿題や練習すべきことをひとつひとつ片付けていきます。経済学のクラスでは各グループが講堂でプレゼンしなきゃいけないんですが、私はいわゆる「テンパる」「キョドる」のダブルパンチをくらいやすいので、せめて内容の熟知に努めてどうにかマシな状態で挑みたいです。今日は天気が本当にいいのでさっさと外に出て読書してきまーす!

ペリカン!

ペリカンアップ

ペリカンだらけ


上三点の場所は学校およびうちから徒歩15分程度、下は25分程度。いいところです。
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2008/09/19 (Fri) バイクレースと戦争の実感
今月27・28日は近くのラグナ・セカサーキットでスーパーバイクレースが開催されます!
しかしその週末はまた近くの別の場所で空軍のエアショウがあったような…
バイクレースを観に行くならMotoGPが良いんですが、場所がラグナセカではなくインディアナポリス。しかも今週末なので、観に行けるはずもなく。残念!

私の学校のある地域は米軍基地やら海軍大学院やらが何かとひしめいていて、こちらに来て友達になった人たちにも軍関係者が多いです。そのうちの一人の女の子はイラクでの人員(敵側の捕虜含む)・物資搬送にかかわっていて、実際に対空ミサイル攻撃に遭ったことがあったそう。彼女の体験談を聞くと、実際に起こっているとは解っていても実感がまったくなかったイラクでの事態が急に現実味を帯びて鳥肌が立つ。
そんな彼女は、背中に損傷を受けて軍を脱退し、今では大学院生です。
はた目には元軍人には全く見えない穏やかな物腰と笑顔。
いい先生になるんだろうなあ。

授業は通訳2クラス・翻訳2クラス・サイトトランスレーション2クラスと、経済・パブリックスピーチ1クラスずつの合計16単位。時間の使い方次第でもっと勉強出来るようになるので、頑張ります。

日本からの荷物がまだ届かないのが痛い!!

2008/09/19 (Fri) Jordan Rally 2008: Dubai
満13日間のヨルダンのステイを終えて、帰国の途に着いたのが4月30日。
しかしこの旅は、ヨルダン行きよりも遥かに大変なスケジュールだった。
日程のエントリでも触れたように、ドバイでのトランスファーの空き時間が11時間半もある!
日本でチケットを取った時は数時間程度の観光とホテル泊(日中だけど)のどっちをとるか決められず、「過労状態に加えてむちゃくちゃな旅程だし、空港のホテルをとって寝ておこう」ということになった。

というわけで30日当日、アンマン→ドバイのフライトでヨルダンを発ったのだが、このフライトで「ドバイでのトランスファーがそんなに長いなら観光しなきゃだめですよ!」とガイドを買って出てくれた人がいた。

ショッピングモール?
ドバイの空港。もうむちゃくちゃなことになっていた。
ショッピングモール? 人混みも店の数もものすごい。
この時午後になってまだ間もない頃だったが、この混雑っぷりは午前1時でもまったく変わらなかった。なんなんだこりゃ!と思ったが、よくよく考えてみると、午前1時やら3時やらの便がそれなりにあることから、一日中こういう状態なんだろう。時間の感覚がまったくなくなってしまう。
>>> Dubai International Airpot (ドバイ国際空港)

荷物をホテルに預けて空港を出る。
「ここの交通状況は少し変なんですよ。近年の街区のプランニングがよくなかったようで」
クルマでの移動しか考えていない街づくりをしてしまったため、街の大動脈である道路の反対側に行きたいだけであっても、徒歩では渡れない。クルマで行くしかないのだという。おかげでドバイの街は自家用車やタクシーで埋め尽くされ、運よくタクシーを捕まえることができたとしても交通量が多いため移動にも時間がかかる。
古い街区は昔の残り香がして好ましく思ったが、新しい街区は街づくりがあまりにも急激に、そして不自然極まりない方向性に行われてしまったため、個人的には恐怖をおぼえる光景になっていた。

海岸線は乱立するホテルやパーム・リゾートのような人工の島ですっかり造りかえられており、ドバイの街は急ピッチで建設が進んでいる高層ビルの森。

乱立するビル

バージ・ドバイ
完成すれば世界一の高さを持つビルになるという Burj Dubai。
手塚治虫の描く近未来の世界のように思えた。
(ちなみにこれを上回る超高層ビルがクウェートで建設中とのこと)
>>> Burj Dubai

世界最大級のショッピングモール
中にスキー場があることで有名なショッピングモール。
この日はヨーロッパから来た舞踊団がステージでショウを披露していた。
>>> Mall of the Emirates

ここに限らず、ドバイで見た店はレストラン・モールに限らずすべて店員が東南アジアや南アジアから来た人々だった。地元アラブ人が働いている様子はまったくない。
(古い街区はまた違うのだろうとは思う)

どこもかしこも金の匂い
同モールにて。
ここだけアラブ人がいて「あ、そういえば私ドバイにいるんだ」と我に返った。
通常、こういう通路にある小さなブースといえば安いバッグやグッズなどが売られているが、このブースは何と不動産販売。ゴージャスなコンドミニアムや投資目的の物件がまるで安いアクセサリーのように売られていた。開いた口が塞がらない。

ドバイの夜
夕食は、これまた巨大な商業施設の中にあるイタリアンレストランで。
相変わらずウェイター達は皆東南アジアの人々だ。
客も「外」から来た人々ばかりで、いわゆる地元民はほとんどいない。
食べ物はイタリアンだし、ワインもイタリアやフランス、チリのもの。
これら商業施設内にいると、アラブ地域にいる実感が全くわかない。

外に出ると、目の前にバージ・エル・アラブがそびえたっているのが見えた。
少しづつ色を変えて、七色の半月のような姿だ。
世界はこんなにも早く動けるものなんだなあ…
>>> Burj el Alab

ガイドしてくれたアメリカ人ビジネスマンに丁重に例を言うと、「私自身、こちらに来てから地元アラブ人には何から何までしてもらっていました。それがこの地の礼儀の示し方なんですよ。仲間内でも自分が支払いたいという理由でケンカになったりするぐらいですから。あなたもいつか、別の人にしてあげればいいと思うんです」と言われた。

6時間ほどのプチ観光の後、空港へ。この時点で私のフライトまであと3時間ほどしかない。ホテルにはもうちょっと早く戻る予定だったのでキャンセルしていなかった。しかたない、せめてシャワーだけでも浴びて仮眠をとるか…とコンシェルジュに伝えると、「もしシャワーだけ必要だというのでしたら、お部屋をわざわざとっておくことはありませんよ。この階にシャワーだけの設備がありますから、そちらをご利用になってはいかがでしょうか」。なんと、部屋をその場でキャンセルし、一回数千円で二時間いっぱい使えるシャワー施設を紹介してくれた。

大きくて清潔なシャワー室(個室!)で熱いシャワーを浴び、ふわふわのタオルとバスローブに感動し、思う存分ストレッチや腹筋背筋、スクワットまでして身体はすっかりリフレッシュ。衣服を身に着けて個室を出たあとは、ほとんど人気のないところで思いっきり雑誌を読みふけった。階下はものすごい人がうごめいているのに、ここは人が殆どいない。天国だ…。
こんな形でオイルマネーの威力を思い知ることになるとは!
金銭的余裕があるということは、サービスも思う存分できるということか。

そしてドバイ→成田便に搭乗。
エコノミーだが、身体の調子が思うよりよくなったのと、充実しすぎている機内エンターテイメントシステムのおかげでずいぶんと良い状態で帰国できた。

ドバイは私には人工的すぎて何より拒否反応が真っ先に出てしまったが、また行くことがあればもっとじっくり時間をかけて観察したいと思う。前述のビジネスマン曰く、古い街区もなかなかおもしろいそうだ。

以上でヨルダンラリー記(最後はUAEだが)、完!
平和を願う心

2008/09/03 (Wed) Jordan Rally 2008: Other Sites
ペトラやラリーといったメインポイント以外にも、ヨルダンではさまざまな場所を訪れ、さまざまな体験をした。

右から左へ読みます

Aqaba : 4/22
ヨルダン南端の紅海に面した港町。
エジプト、イスラエルおよびパレスチナ自治区、サウジアラビアとの国境でもある。
紅海でのダイビングを楽しむため主にヨーロッパなどからの観光客で賑わう。
私達がいた日は40度を超えていたと思われ、外を歩いている人は少なかった。
10分も歩いていると倒れそうになるという貴重な体験をしてしまった…
ちなみにWikipediaによると、『世にも珍しい黒バラの咲くところ』とのこと。

他国だらけ
手前に見える陸地がイスラエルおよびパレスチナ自治区、向こうに霞んで見えるのがエジプト…とは地元の人の談。ここには国王が所有する広大な別荘地もある。

交通の要所
中東・アフリカ・アジア・ヨーロッパを結ぶ一大要所だったアカバには遺跡も多い

教会
教会として建てられた建造物としては世界最古らしい、教会跡。
今はゴミが投げ捨てられて見るも無残な姿だ。
当時のキリスト教徒は、あの廊下を、一体どんな服装で、何を手に持って、どんなことを考えながら歩いたんだろう。

それでも花は咲いていた
強烈な太陽に負けずに咲き誇っていた花

あまりにも暑いため、アカバでの滞在はわずか4時間ほどだった。

再び砂漠の道へ
デザート・ハイウェイはごらんの通り素晴らしい状態!


Jerash : 4/26

ラリー二日目のこの日は、首都アンマンから一時間ほど真北にあるローマ期の遺跡ジェラシュへ。
大理石を敷き詰めた道の保存状態が非常に良く、馬車の轍の跡まで見える。感動!
広大なエリアを埋め尽くす数々のすばらしい建造物と掃いて捨てるほど転がっている遺物が圧巻。写真を撮りたい人、ゆったり歩き回ってローマ期に思いを馳せたい人に強烈にオススメしたい。

有名なプラザと列柱群
この円形プラザと列柱はあまりにも有名。美しい~!

プロには敵いません
ジェラシュのパンフレットやガイドブックに必ずと言っていいほど現れるこのアングルの写真。
私もチャレンジ…したけどやはりイマイチ。写真撮るには本当に楽しい場所!

じゃーん
友人に撮ってもらった一枚。日差しが強すぎて笑顔にもなれず!



Madaba : 4/23-28

ラリーHQやサービスパークに一番近い宿泊所は死海のリゾート地だったため、節約三昧の我々二人は他の町を探さざるを得なかった。宿などを手配していた三月、私がちょうど仕事で忙しかったので友人に任せっぱなしにしてしまっていたら、「いいとこ見つけたよ!」

マダバはアンマンから南に一時間ほど下った、死海からも45分~1時間程度のところ(死海~マダバ間は見通しが悪くて危険極まりない道を通るので夜はとくに時間がかかる)にある町だ。ここの特色として、「キリスト教徒が特に多い」というのがある。大部分がイスラム教徒のヨルダンにおいて、ここは珍しくカトリック教徒とギリシャ正教徒が幅を利かせており、それぞれ立派な教会も持っている。ちなみに宗教は違えど、みな同じアラブ系。

23日から28日まで、ここを観光とラリー観戦のベースとした。
死海への交通アクセスはアンマンからの方がスムーズだが、かかる時間はほぼ同じで、こちらはよりゆったりすることができた。ごはんはおいしく、みやげ物は充実し(モザイクが有名)、珍しい宗教の混ざり具合を観察できる楽しみがある。今後ヨルダンラリーに行く人にはあえてマダバをおすすめしたい!

実はここはラリー三日目に出会ったJICAのボランティアの若い女性が住んでおられるということが判明し、一緒に食事をしながら興味深い話を聞くことができた。西洋で思われているほど女性の地位は「低い」わけではなく、多くは「分けられている」のであり、女性も男性同様のポストにつくことが多い(学校などは男女で分かれているため、女子の学校では校長から教員まで全員女性)。事実、ラリーの現場でも女性が非常に多かった。ちなみに家庭ではカカア天下が多いらしい。

夜の光景
マダバの町とモスク

誰がために鐘は鳴る
泊まった宿はギリシャ正教徒の家族による家族経営。
毎朝7時には、真向かいのギリシャ正教の教会の鐘が鳴った。

世界がここにあった
教会内部。足元には、現在残っているだけでも200万片からなるモザイクの世界地図が。

世界の中心
右側の楕円部分が、エルサレム。
ギリシャ語で「聖なる都エルサレム」と読める。当時の世界の中心。

ごちそう!
羊肉のシュワルマとオレンジジュースばかりの日が続き、猛烈にまともな食事をしたくなってしまった。運よく近所に Haret Jdoudna というおしゃれな店を発見。このサラダは私の32年間の人生でもトップ3に入る、感涙もののおいしさだった。毎日でも食べたい!!
節約に節約を重ねたけど、この日はさすがにこらえきれずお酒(ワイン)解禁。

人懐こい土産物屋の主人
マダバは、教会やローマ期の昔から素晴らしいモザイクを造ることで知られていた。
現在でもレプリカが多数作られ、地場産業として発達している。

ここでは割愛するが、マダバには無数の遺跡や博物館が点在している。
ほとんどが小さなエリアに凝縮しているため、丸一日あれば主要なものはあらかた周ることが可能だ。ただし女性は一人で出歩いてはいけません!噂には聞いていたけど、アラブ系の男性は女性によくセクハラをする。外国人の女性相手ならもっと積極的。周りに人がいれば大声をあげ、いなければビシッと跳ね除けて逃げるが一番。女性はご注意!


Mount Nebo : 4/24

聖地のひとつ

ネボ山は、旧約聖書でモーゼが終焉を迎えた地として記述されている。
人々を連れてエジプトを逃れたモーゼ一行は「約束の地」目指して歩み続けたが、あと一歩というところでモーゼは神のお告げにより一行と別れ、ここに留まり、その一生を終える。人々はそのまま約束の地に到達するのである。

ネボ山は20世紀になってフランシスコ修道会が山をまるごと買い取り、現在は巡礼の場および観光地として一般に開放されている。静かに祈りをささげられる部屋や、伝説に由来するオブジェがあるのはさすが「生きた祈りの場所」と言う感じがする。過去の遺物ではないのだ。

祈りの部屋から

美しいモザイク

ふと見上げたら!

当時と変わらない眺め
モーゼ達は、この乾いた荒地を見てもまだ望みを捨てなかったのか


Dead Sea : 4/28

突然現れた
死海近くの道を往くラクダの群れ

ラリーも終わり、大部分の関係者や観光客が発ったところで死海の某リゾートホテルに一泊だけした。高い!!今までの安宿のウン十倍だ…。でも一日だけダラダラしたかったので、その価値はあると判断。

心が潤った
わーお!!

むし暑い
これでも最低地点にあらず。
雑学王のSTI工藤社長曰く、「海面から100m下がるごとに気温は0.6度上がる」そうで、確かに妙な蒸し暑さがあった。社長にはラリー中に友人共々夕飯のご相伴に預からせてもらい、大変楽しい時間を過ごさせていただいた。感謝。

死の海
あちらに見えるはイスラエル・パレスチナ自治区。
死海は生物が生息し得ないほどの塩分濃度で知られているが、そこを吹く風は塩気が一切なく、実にさらっとしていた。


「その他」を全部放り込んだために長くなってしまった。
ヨルダンは、本当に良いです。また行きたい!

2008/09/01 (Mon) 閑話休題
火曜日から大学院の授業開始!
アメリカ到着時は少し不安だったが、一週間のオリエンテーションを経て学校のことを詳しく知り、さまざまな人に会ってきたことで、今では授業開始が待ちきれない。

これからお世話になる教授のお一人とパーティ(至ってカジュアル)でお話していたら、WRCの話の延長で「それはおもしろいなあ、ぜひ授業でスピーチしてください」という流れになった。

通訳翻訳の授業内容に関係ありませんが、それでも良いのでしょうか?と問うと、「むしろ違う方がいいんだよ、そうして互いに知らないことを共有して新しい情報を得ることは誰にとっても良い刺激になるから」。

なるほど、確かに私も皆の話を聞いてみたい。
何しろここは、(通訳翻訳以外でも)専攻がビジネスだろうが国際政治だろうが二言語は話せて当たり前、下手すれば5言語話せる人もいる。世界中いろんなところを駆け回ってきた人もいれば、自国を初めて出たばかりの人もいる。ここ二週間ほどで出会って話してきた人たちは、一人ひとりが強烈にユニークだ。

大学院で二年間共に学ぶ仲間達は、卒業後に世界中に散って行く。
私も日本に戻るかアメリカにとどまるかどこかまったく違うところに行くかわからない(いずれは日本に戻るつもりだけど)。ここで精一杯いろんな情報や知識を吸収して、次の人生のステップに活かしたい。

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古臭いかも知れないが、私は言霊を信じている。
スピリチュアルな捕らえ方というよりも、単純に「自分が何気なく口にした言葉が、自分の行動や考え方を固めてしまう」からだ。普段から「私ってほんとダメだなあ」と言っていれば、そうなってしまう。自分はダメなんだ、つまり何もできないんだ、というネガティブな結果しか生まない。せっかくこの世に生まれてきて自分を卑下する、そんなもったいないことがあるか!

どんなに悪いことが起こっていても、必ずポジティブなインプットがある。ネガティブな見方しかしないでいると、悪い方にしか行かない。私は少し、そちらの方に行っていた。それに気付いた今は、アメリカの筋肉質なポジティブ思考の海に少しばかり浸かっていようと思う。

今思えば、私はよく「もったいない」と口にしている気がする。つまり貧乏性なんだろう。定期的に医者に行くのも「万一病気になったら医療費がかかる(そして痛い・つらい思いをする)」からだし。
この貧乏性を有効活用してポジティブにいきたい。

2008/09/01 (Mon) Jordan Rally 2008: Rally
ヨルダン9日目にしてようやくラリーです。
それまでに周ったネボ山やマダバ、ジェラシュ、アカバについてはまた次のエントリで!

ハイヨー!

Jordan Rally 2008


今回のラリーは
Day 1: SS1/5, 2/6, 4/8
Day 2: 観光(ジェラシュ)
Day 3: SS22, Podium Ceremony


そういえば今年から、従来の「レグ」から「デイ」になったのかな?
あまりに自然すぎて、言われるまで気付かなかった!
ラリーらしい(と勝手に愛着を抱いている)「レグ」よりも、確かにこちらの方が解りやすい。
今回も、初日はおなじみラリーラジオのコリン・クラーク氏と周らせていただいた。
木曜日は事前学習とばかりにサービスパークを拝見。

「ヨルダンラリーにようこそ」
サービスパークのある死海のあたりには人は住んでいない。町がないので、がらんとしたハイウェイをひたすら走っていくと突然左側に現れる。到着10分ほど前になって、急にこれらのバナーを見るようになった。気持ちの高揚がおさえられない。もうちょっとだ!

人気がまるでない
レンタカーをパーキングにとめ、入場。右側の高台にサービスパーク、左奥に見えるのがHQ。

エキゾチック!
こちらがHQ。内部はアラビア~ンな感じでとてもエキゾチック!

sh_Amanda 4-24 056
話は戻って再びサービスパーク。こちらはショップエリア。
バーガーキングやスターバックスも来ていた。
(後日利用:むちゃくちゃな値段だったが熱射病寸前+空きっ腹には本当においしかった)

がんばれノルウェー
誇らしげにノルウェー国旗をかざすノルウェー人。
出てきたペターとノルウェー語でなにやら言葉を交わしていた。
どのラリーに行ってもノルウェー人はいる!!(ジャパンは最近いないけど)

唯一のペター写真
今回もペターは本当に残念だった!
ずっと苦しい状態が続いていることだろうが、乗り越えてほしい。

さて、デイ1はSS1からスタートだ!
コリンはステージエンドの取材担当なので、初日の待ち合わせはSS1のエンドポイント。
地図らしい地図は特に持っていなかったが、なんとか無事に到着。邪魔にならないところに
レンタカーをとめ、コリンとの再開を喜ぶ。周りにもちらほらと馴染み深い顔が。
知らない人にも、気軽に話しかける。体にまとわりついてくる小虫を払っていると、
「そうそう、ここ虫がすごいよね~」
「虫除けもってきた?」
「いや、必要ないかと思って持ってこなかった!」
「じゃあこれどうぞ、使って!」
待っている時間がとても楽しかった。また会うことはないかも知れない。でもこうして、世界中の様々な人と共にラリーを楽しめる瞬間が味わえるのが何よりも嬉しい!

いつものルーティン
SS1はすでにスタートしている。コリンは、クルマのフィニッシュに備えてコメントをいくつかレポート。向こうに見えるヘリは、地元のラリー関係者いわく「王様じゃないかしら」

来た!
一番手のミッコ、フィニッシュ。待機していたメディアがわっと群がる。
ピレリの技術者はタイヤの状態を確認。

きちんと対応
本当に精悍な顔つきになった!

貴重なデータを収集
これはSS2フィニッシュ地点で。気温も上がりつつあった。

SS2
SS2の淡水湖横のステージを疾走するソルド。赤い車体が埃っぽい大地に映える。

手前左にはスペイン国旗をかざすファン、右には地元の少年少女達。
保守的なアラブ国家と違い、少女達には頭を布で覆っていない子もおり、ごらんの通りかなり体にフィットした服を着てもOK。ただし、未婚の男女が一緒にいるのはまずい模様。友人同士でも、かならず男子グループと女子グループに分かれる!(キリスト教徒だと話は別)

女性に注目
SS4フィニッシュ地点。女性もバリバリ重要ポストを務めている。

ここは山の上に近いところがフィニッシュなので見晴らしが素晴らしい。
というより、ベテラン記者をもって「ウン十年この仕事やってて、こんなすごいステージは初めて見たよ」と言わしめる大パノラマ。ステージスタートからエンド近くまで、ほぼ全部が見られる。案の定、見渡せるところにたくさんの地元ファンや海外からのファンが座って眺めていた。気持ちいい!
(マシンはルクセンブルグからエントリーのルノー)

集中のひと時
SS5。一人取材を終えるごとに一斉にまとめや連絡に入る。

やっぱりボロボロに
SS6かな?
見事にちぎれたガリ車。フォードはよくここ壊してタイヤ失くしてるなあ…

行け行け~!
SS8フィニッシュ。
この男性、実は日本人。JICAからヨルダンに派遣されてきた若い日本人の方々と偶然出会ったのだった。全員ラリーファンなの?と訊くと、「いや、こっちでメカニック技術教えてる子がラリーの大ファンなんです。彼が誘ってくれたんで、僕ら全員一緒に来てみたんですよ」。今まで海外のイベントには行ったことがなかったが、ボランティアで来ていたヨルダンで偶然WRCイベントが開催が決まり、これは行かねば!と駆けつけたらしい。皆楽しめたかなあ。少し解りづらいスポーツだけど、きっとメカニックの彼が頑張って説明してくれたことだろう。

この時出会った女の子とは、宿泊先の町に偶然住んでいてごはんも一緒に行ったこともあり、今でも連絡を取り合っている。ユースセンターのお仕事、頑張れ~!

ラウテンバッハ車
ラウテンバッハ車、SS8フィニッシュ後ストール。押してる人たちは何やら楽しそうだった。

らくちん
デイ3、サービスパークにて。セグウェイ大活躍!
スズキはどうにも揮わないなあ…がんばれがんばれ!

東と西のコントラスト
ご招待いただいたフォードテントにて。そういえば冠スポンサーはアブダビだった!
左右に「いかにも」東西を代表するような方々がいた。

目には見えない高い壁
SS22は、このラリーのハイライトとも言えるヨルダン川沿いのステージだ。
ヨルダン川は昔イエス・キリストが預言者ヨハネから洗礼を受けた地としてキリスト教の聖地であり、現在は対岸にあるイスラエル・パレスチナ自治区とヨルダンの国境でもある。ちなみにイスラム圏では「パレスチナ」を使う。「イスラエル」は主にキリスト教の西洋諸国、特にアメリカの主導で無理やり作り上げたユダヤ教徒の国の名であるからだ。イスラエル建国の際にはその地に定住していたイスラム系アラブ人が追い出され、あるいは安住の地を求め、その多数がヨルダンに流れてきている(ゆえにヨルダンの人口の7割がパレスチナ人)。

ステージのためのスペクテイター用パーキングには、ヨルダン兵がライフルを構えている櫓があった。初めての光景に思わず「写真撮ってもいいですか」と問うてしまったが、その場にいたヨルダン人男性に「だめだめ、軍関係は一切写真禁止だよ」と言われた。当然ではあったが、チャレンジせずにはいられなかった。こんな場所をステージに選ぶなんて、ヨルダン王室はすごいなあ…

まだちょっと緊張した面持ち
レンタカーをとめて、坂の下のスペクテイターエリアへ。
手前に真っ赤なトラックがとまってたのでふと目をやると「From the People of Japan」とあるじゃないか!思わず中にいた方々に「すみません、このクルマは日本からなんですか?あなた方のご職業は?」と質問攻めにしてしまった。「大胆な行動」に出た「外国人」の「女性」に対してどんな反応が来るかと思いきや、案外フレンドリーに応えてくれた。三人の方々は、万一が起こった際のクルーで、メディックもいた。トラックに関しては「日本からの贈り物なんだ。扱いやすいしよく出来てるよ、有難い」と身振り手振りを交えた英語で伝えてくれた。
彼らが出動する必要がなくてよかった!

ニカッ!
一番ノリノリだった若手君。カメラを向けるとこの笑顔!

精一杯のズームイン
そうこうしているうちにSS2スタート、マシンが続々登場。
クリスがんばれー!!
川岸の向こう側はイスラエル・パレスチナ自治区。

遠い
SS22スペクテイターエリアはこんな感じ

sh_Amanda 4-29 045
SS22、メインのマシンを見終えて坂道を登って振り返ったら、高いところにスペクテイターが。
なんだかドラマチックだなあ…今度はあそこで観てみたい。
川岸向こうの大地はやはりイスラエル・パレスチナ自治区。

Podium Finish


仲良し
マシンもピカピカになったところで、セレモニー待ちのドライバー・コドラ達。
本当によく和気藹々と話してるなあ。
それにしてもヘニング何してんの!いつもおもしろいなあ(笑)

出てこいよ~
ソルドの静かな時間をお邪魔するヘニングと…ヤルモかな?
ジジもしばらく車中にいた。暑かったから!

べー
「ジジ!」とカメラを向けたらベロを出された。
実は二年前のジャパンでいろいろ話したことがあるのに忘れられてる(笑)

ミラー加工
ミラー加工ばりばりのローブ車

陽気な地元っこ
BGMに合わせて踊りまくる地元の子供と手拍子するお父さん。

笑顔!
セレモニー終了後。
「よくやった!!」とばかりに笑顔全開のマルコム・ウィルソン。
セレモニーそのものは、ポディウムの正面がプレスの方しか向いていなかったためまともに見られず。これは本当にどうかと思うけどなあ。「ヨルダンラリーの狙いは、ヨルダンという国のアピールだからね」というジャーナリストの言葉を思い出した。確かにテレビや雑誌・インターネットといったメディアと外側にだけ意識が向いている印象がある。それにしても、ここまでスペクテイターを度外視されるとなあ…地元ファンも海外ファンも楽しめない気がする。次回はいろいろ変わっているといいな。

最後だけはどうにも後味悪かったが、一スペクテイターとしてはステージもバラエティに富んでいておもしろかった。見に行けるステージが少なめなのと、行けるものでも観戦できる箇所が少ないのがもったいない!今年はどうしても初回だから、しょうがないかも知れない。次回に期待!

お疲れ!
ポディウムフィニッシュ前にクリスと。
ラリーフォトグラファーのRalph Hardwick氏が撮ってくださった。
さすがの腕!やっぱりプロはすごい…

プロフィール

AJK

Author:AJK
WRC観戦が趣味の通訳・翻訳者です。
ひとつの文化として世界ラリー選手権が大好き!
テレビ朝日「地球の走り方」のコメンテーターとして出演中。

米国で会議通訳修士号(MACI)を取得後に自動車専門の同時・逐次通訳として活動、2015年より日本で会議通訳者として活動しています。

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