2008・08
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2008/08/26 (Tue) Jordan Rally 2008: Petra
Petra


数日お世話になったアンマンの宿を出発し、予約しておいたレンタカーゲットして出発。
アメリカ系の会社だったからか、料金もアメリカ並み!
しかし勝手も道路状態もわからないので、万が一を考えての選択だった。
現地で借りてたら相当安かったんだろうと思う(宿でも「うちのがよっぽど安い!」とアピールされまくった)

頭上の道路案内

ペトラや死海など、だいたいの観光地はヨルダンの北の方に位置するアンマンから真南および西南にある。南へは大動脈と言える高速道路が二本すっと伸びていて、うち一本は景色はたいしたことはないがハイスピードでまっすぐ走れるデザート・ハイウェイ、もう一本は「高速」というよりは大規模な道路でそれほどハイスピードでは行けないものの、景色が良く十字軍の砦がすぐ脇に点在しているので観光に適したキングス・ハイウェイ。あともう一本、ヨルダン川に沿ったものがあるのだがこれは何かと薦められなかった。

走り続けること3時間ほど、ペトラ近接の町、ワディ・ムサ(Wadi Musa)に到着!
親切なストップサイン

予約を入れていたホテル(さすがに安宿はリスキーだったので回避)に荷物を降ろし、そのままカメラを持ってペトラへ。五分ほど歩いて到着、三日間の通しチケットを購入。

Hashemite Kings
前国王と現国王の肖像写真が掲げられているビジターセンター。
現国王の目の色、ちょっと強調されてない?

強烈な太陽の下
入ってすぐ姿を現したナバタイ人の遺跡。これは特にエジプトの影響が色濃く現れている。
ここからまさか数時間歩き続けることになるとは…勉強が足りなかった。入り口すぐのここは、馬(タクシー目的)と人が通るところがきちんと分けられている。
ところで後で知ったことだが、ちょうど同じ週末にラリー関係者やドライバー・コドラ達、メディア関係者が数多く遊びに来ていたようだ。まったく気づかなかった…私服だから?

有名な岩の裂け目の道
Siqと呼ばれる、有名な岩の裂け目の道。遺跡入り口から30分ほどだったか、その先にある。
ここを抜けると、あの有名な通称El Khazneh(宝物殿)が待ち受けている。
心躍らせながらどんどん歩いていった。

El Khazneh
さらに30分後、見えてきた!憧れの薔薇色の遺跡が目の前に。感動。

しょんぼりな光の当たり方…
岩のトンネルを抜けきると、ざあっと開いた空間の前に静かに、でも堂々と佇んでいた。二千年ほど前に造られたままの姿とは思えないほど、細部まで美しく保たれている。これが岩壁からくり抜かれたものだなんて!
概観はこの通り美しいが、中の部屋は単なる四角で何もない。地下からは、発掘の結果三つの墓が発見されたそうだ。

ノミの跡
大きなくぼみは当時の職人の足がかりだったとどこかで聞いたが、本当だろうか。
これだけの長い間、よく風化しなかったなあ…(建物全体に言えることだけど)

働き者のロバ
さらにどんどん進む。ペトラ全体を見たかったら、最低でも片道3時間は覚悟しなければならない。体力が心配な人、疲れた人、中東っぽさを楽しみたい人はロバ、馬、馬車、ラクダなどがおすすめ。馬と馬車は主に出入り口付近、それ以外ではロバとラクダになる。値段は、陽気なベドウィンと楽しく会話しながら決めると良い。私はありとあらゆるところで節約していたため、そんなやり取りを眺めるにとどまりました・笑

モデル慣れしているラクダ
やっぱり乗っておけばよかったかなあ

ラクガキ
どこの国や文化圏でも自分の名前を刻んでいく人はいるんだな~

いまだ残るローマ風石畳
遺跡半ばほどの地点。右側には大規模な水路、左側には巨大な神殿や劇場があり、この通りは市場でもあったらしい。当時から残る石畳の上を敢えて歩いた。

Al Deir
通称Monastery (修道院)の、Al Deir。実際、一時はキリスト教徒によって修道院として使用されたとかされなかったとか。中にはひょいとまたいで入れそうだが、中から引っ張りあげられないと入れないくらい高い位置(たぶん130cmくらい)にある。私が四苦八苦していたら、中で笛を吹いていたベドウィンが手を伸ばしてくれた。

ここへ来るまで、およそ3時間ほど。疲れ果てていたので、修道院の真向かいにあるベドウィンのカフェに立ち寄る。お店があちらこちらにあるので水がずっと補給できるのは本当に有難い。大きなボトルを手に歩いていたのだが、あまりの暑さに中の水が熱くなってしまい、飲めるものではなかったからだ。

右の人はあんな格好しておきながらずっと携帯で話していた
カフェ内。壁側はベドウィン式に寝そべってお茶ができるように設えられている。
外でぼんやり水を飲みながら向かいの美しい建造物を眺め、写真を撮り始めたら…

朝飯前だよ
チャレンジャー登場!これには本当に驚いた。
ひょいひょいと崖を登り、地上数十メートルというところにある頂上に上がり、なんとなしに景色を眺めるそぶりを見せたあと、突然真ん中部分へジャンプ。真ん中の一番上にまた上り、「いかがでしょうか!」とばかりに両手を上げて私達の拍手に応え、再び横の崖からひょいひょいと降り、そのまま去っていった。きっと、ここに住むベドウィンなんだろうな。心躍るハプニングだった。

たんぽぽと見間違えた

さて、ペトラではベドウィンとの素敵な出会いがいくつかあった。
初日、友人とさくさく歩いていると「ロバに乗らない?ロバいいよ!二人一緒なら安くしとくよ!」と声をかけてきた若い男性がいた。「いや~今日はまだ元気だからいらないなあ。明日もまた来るから、疲れたら頼むかも」と告げたところ、「明日だね、わかった。見かけたら声かけるから、乗りたかったら言ってね!」と大きな笑顔でさらっと去った。ベドウィンのこういうところが私は好きだ。ただ、その理由は無理やり客を取らなくても悠々生きていけるからというのがある。このベドウィンの男性には翌日、翌々日と二回会った。劇場跡で写真を撮っていたら、「疲れた?今日はまだ元気?」驚いた。覚えていたのか!ごめんね、お金ないからよっぽど必要じゃなかったら乗れないんだよ~というところから始まり、しばらくダベっていた。彼らはずっとロバに乗っている。彼との会話も、(私がちょっとした足場に立っていたからか)彼はロバの上からだった。

一人目の友達

二回目は、修道院からの帰り。へとへとになりつつ歩いていたら、上の方から「アマンダ!お茶していくかい?」。見上げると、ナバタイの岩穴から彼が顔をのぞかせていた。後ろには西洋人のキラキラした笑顔がいくつか見える。「本当によく会うねえ。どうしたの?何してるの?」と返すと「今、今日友達になった人達とここでお茶してるんだ。ミントティーおいしいよ、キミ達も飲んでいきなよ」。だが不幸にも、友人がかなり具合が悪くなっていた(脱水症状気味)ので、まずはホテルに戻りたかった。残念ながら、遺跡でのお茶会は断念。本当にフレンドリーな子だった。

次は、モハメドだ。
ペトラ二日目、今度こそいい光で宝物殿を撮るぞ…と、その時間をぼんやりと建物前の前の岩場に上って待っていたら、ぴょんと身軽に上がり、近くに座り込んでタバコをすいだした若い男性がいた。ベドウィン?他のベドウィンのように仕事してる風でもなし、一体何してるんだろう… 「あなたはベドウィンなの?」と訊いてみると、「そうだよ。でも俺、働かなくていいんだ。家が金持ちだから。皆が働いたり観光してるのを、いろんなところで眺めるのが好きなんだ」と言う。訊くと、ペトラからも肉眼で見える高台に整備された、政府が宅地造成した一角に実家があると言う(この辺は長い話になるので端折る)。クルマも持ってる、ケータイも持ってる。「まあケータイはどのベドウィンも持ってるけどね」。じゃわざわざあんな遠くから毎日来てるの?「俺さ、ベドウィンらしい生き方が好きなんだ。だから17の時に家を出て今は修道院の近くの岩穴に住んでるよ。二頭のロバと一緒に。ここは本当に最高だ。空もきれいだし、皆ここに住むのが大好きなんだ。永遠に変わらないでほしいよ」 何か色々な考えが頭をめぐった答えだった。


モハメドのロバに乗って

私と友人をすっかり気に入った彼は、とっておきのスポットを紹介してくれると言った。「宝物殿を上から見られるところなんだ。もう行った?俺はベドウィンしか通行が許可されていない道をいつも使うんだけど、行きたいなら観光客用の道を案内するよ。俺のロバに乗るとラクだ」。そして私達二人は荷物を彼の愛ロバ(?)にくくりつけ、一時間半ほどの過酷な登山(山道を登るという表現は生ぬるい)の後にそのスポットに到着したのだった。

高い!
あの巨大な宝物殿がおもちゃの家のようだった。人もアリみたいに小さい!
ここはよく知られているスポットなので、観光客(猛者系)が6,7人ほどいた。
入れ替わるように、私達も崖の上から覗き込む。すごい高さだ…。
何かと強がって水をほとんど飲まなかった友人が体調を崩したので早々に退散。
ペトラで水を飲まないのは自殺行為なので、これから行く人はくれぐれもご注意を。
(一人目のベドウィン青年とはこの帰りに再び会った)

ベドウィンカフェ
すっかりグロッキーな友人を最寄のベドウィンカフェに連れ込み、モハメドは「ベドウィンのミントティをたっぷり飲むといい。少し休めばラクになるよ」と注文してくれ、「じゃあ俺はまたちょっと周ってくるから」と颯爽と去っていった。3時間近くの観光案内をしてくれたのに、私達からは一銭も取らなかった(どうにかコーラだけは奢ることに成功)。かっこいいなあ、モハメド。素敵な奥さんもらって幸せになれよ、となぜか思った。

おいしかったミントティー


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2008/08/24 (Sun) Jordan Rally 2008: Amman
サービスパークにて

アメリカ・モントレーに到着して少し余裕が出来たので、学校が始まるまでに全部アップを目指します。今回は写真がメインなので、日程通りにせずテーマ別にしました。
★ヨルダンについてはSubiesport誌6・7月号に提供した記事と被っているところが多々あります。会員の方はぜひどうぞ! >>>Subiesport Digital Edition (June/July 2008)

Amman

羽田→関空→ドバイ→アンマンというルートでようやく到着。
アンマンの空港では宿泊予定の宿の人が迎えに来てくれていた。
アラブ人はサービス精神がまったくないと脅されていたが、タダなんてやるじゃない…と思っていたら、案の定フィーが発生していた。
もしかしたらタクシーのほうが安かったんじゃないか?
でも非常に陽気でおしゃべり好きの人(パレスチナ人だった)だったのでこちらで正解。
宿では前日に到着していた友人が待っていた。よし、アンマン探索と行きますか!



石油産出国や技術大国に囲まれたヨルダン、実はどちらでもない。
観光と農業、そして何よりも国王の外交的手腕でなんとか成り立っている国だ。
列強の中にあってこの小さな国が飲み込まれないでいるのはすごい。
決して裕福ではない国だが、そういう所だからこそ見られるエネルギーを感じられた。

部屋からの眺め
部屋からの眺め。薄暗いなあ… 写真を撮る直前はたくさんの子供達が駆け回っており、
男達が笑いながらだべっていた。

モスクの塔
国王の名を冠したモスクの塔

1ブロックに1つはあるジュース屋
どこにでもあるジュース屋さん。好みのフルーツでジュースを作ってもらう。
私はオレンジとグレープフルーツ半々で作ってもらった。ジョッキ一杯一気飲み!

丘の上
ローマ期の遺跡目指して丘の上へ。
子供達が凧を飛ばして遊んでいた。

芥子の花
ヨルダンは春がもっとも美しい季節。花がそこら中で咲いていた。
もう1・2ヶ月もすれば暑さと乾燥が過ぎて花はすべて枯れてしまうという。

世界一の旗?
ヨルダンの人口の7割だか8割が集中しているアンマン。
遥か遠くにそびえ立つのは世界一(を目指した)の大きさの国旗!

焼き鳥屋さんそのもの
これだけ歩き回っていると腹も減る。
見つけたスタンドでシュワルマ(羊肉のサンドイッチみたいなもの)をオーダー。
若い男性は「ちょっと待っててね」と頑張って肉を焼いてくれた。

5分後…
完成!羊肉はこんがりジューシー、野菜もちょっとだけ隠れて添えられている。
大きすぎたので、ディナーにちょうどいいかも知れない…
動物性蛋白質をしっかり補給したところでさらに歩き続ける。

おお!
ふたつめのローマ期遺跡の駐車場に停まっていたタクシーをふと見ると、ヨルダンラリーのシールが!あまりの感動に友人と二人して写真を撮りまくる。その後このシールをいろいろな(思いがけない)ところで見ることになる。

地元民?
日差しが強すぎて、首元に巻きつけていたスカーフを頭に巻きつけた。
地元に溶け込もうとしているのではなく、本当にこれをやらないと髪が焼け落ちてしまいそうだった。あの民族衣装は実に理に適っている!

カラフル
リベラルなヨルダンでは真っ黒のブルカは見かけない。
女性はみなカラフルな服を着ていた。

劇場跡
現ヨルダンのエリアは、ローマ時代、いやそれ以前より交易の重要なルート上にある。
それ故様々な文化の痕跡が今もたくさん残っている。これはローマ期の劇場。

5分前まで走り回っていた子供達
「撮っていい?」とカメラを向けたらポーズをとってくれた子供達。
劇場跡のてっぺんで。

民族衣装
劇場の左右にはそれぞれ小さな、しかし素晴らしい博物館(資料館)があった。
こちらは民族博物館。近隣のベツレヘムの女性の伝統衣装。
この国で見た衣装はどれもカラフルで緻密な刺繍が美しかった!

自分撮り
古い鏡の中の自分をパチリ

夜の劇場跡入り口
夕食を近所の安い食堂(シリア風羊肉料理が絶品!)で済ませ、腹ごなしにふらふらしていたら再びローマ期の劇場跡に戻っていた。劇場そのものには入れないが、入り口あたりは普通の公園として整備されていて、24時間一般に公開されている。地元の人も観光客も好きなときに訪れ、お昼を食べたり政治を語ったり友人とただだらだら会話をしたりお茶売りからミントティーを購入して楽しむことが出来る。なんていいところなんだろう。この時午後9時。

街の音楽師たち
ぶらぶら写真を撮っていたら音楽が聞こえてきた。
見ると若い男性達がツーリストポリス(観光地に特化した警察官)と話しながら楽器を打ち鳴らし、歌って楽しんでいる。ちょっとした距離から私達も楽しんでいると、「おーい、おいでよ!ヨルダンは初めて?」と声をかけてきた。
最初は恐る恐るだったが次第に打ち解け、英語がほとんどしゃべれない彼らとボディランゲージでなんとかやり取りしつつ彼らの歌や踊りを楽しみ、お茶までおごられ(しかも何度も)、楽器を触らせてもらい、たくさん笑って楽しんで宿に戻った。
左側に立っているのがツーリストポリス。

アンマンには一日半いた。
これからはレンタカーで一路南へ向かい、ペトラへ!

プロフィール

AJK

Author:AJK
WRC観戦が趣味の通訳・翻訳者です。
ひとつの文化として世界ラリー選手権が大好き!
テレビ朝日「地球の走り方」のコメンテーターとして出演中。

米国で会議通訳修士号(MACI)を取得後に自動車専門の同時・逐次通訳として活動、2015年より日本で会議通訳者として活動しています。

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